相撲の歴史

相撲の歴史

力士像の埴輪が和歌山市にある井辺八幡山古墳から出土しており、 相撲はおよそ1400年前から始まったと考えられます。 そして、以下のように変革を続けています。 今では、モンゴル横綱の時代です。

  • 古事記  日本書紀に登場。相撲という文字は、日本書紀に登場。格闘色が濃い。
  • 奈良時代 朝廷行事の相撲節の源流。
  • 平安時代 宗教文化色が増し神事。
  • 鎌倉時代 武家社会の武芸。京相撲を中心に勧進相撲。
  • 江戸時代 芸能。

相撲とは

動詞「すまふ」の連用形「すまひ」が名詞化したものを元とする
格闘を意味する漢語です。

相撲の意義

農耕儀礼

相撲により農耕の豊凶を占う行事であり、
農事の節目ごとに行われました

服属儀礼

諸国の相撲人により御前相撲を行い、天皇への服従を確認します。 宮中行事の相撲節会として行われていました。
  (相撲節会は承安4年(1174)に廃止)

勧進相撲

15世紀に京都近辺の寺社で奉納相撲が始まり、
神社仏閣などの修復・再建のための資金を集めました。

江戸時代の初めには、京都、大坂、江戸で開かれていました。

  • 禁令(慶安元年(1648))
  • 再開(元禄12年(1699))

江戸において勧進興行の解禁は(寛保 2年(1742))

勧進とは

「人に善根功徳を勧誘し、策進する」という仏教用語です。

三都勧進相撲・四季勧進相撲

江戸相撲・京都相撲・大坂相撲の各々が独立した相撲集団で、 春は江戸、夏は京、秋は大坂、冬は江戸で行う体制が確立しました。 また、諸国の大名は力士を抱えることもありました。

花相撲

本場所のみを勧進相撲とよび、他の興行を花相撲と呼びます。

近代

  • 明治4年(1871)裸体禁止令により相撲禁止論が浮上。
  • 明治17年(1884)天覧相撲で大相撲が社会的に公認
  • 明治23年(1890)初代横綱が誕生
  • 大正14年(1925) 財団法人大日本相撲協会誕生
  • 昭和2年(1927) 東京、大阪両相撲協会合併
  • 昭和3年(1928) ラジオ中継開始

株(年寄名跡)

貞享元年(1684)、寺社奉行の相撲興行の条件が年寄による興行の管理であり、 勧進元(興行主)の雷権太夫ら14名が株仲間を組織しています。 これが、年寄名跡の始まりです。 今では、引退した力士が親方として相撲協会に残るために必要な資格となっています。 14名の内、今に残る年寄名は大竹(大嶽)、尾上、浅香山です。

  • 明治22年(1927) 88(名跡を定める)
  • 昭和2年(1927) 105(大阪協会の22家の内17家が加わる) 
  • 昭和4年(1929) 103(荒岩と鏡山の2家が廃家)
  • 昭和18年(1943) 108(大阪協会の5家が追加)
  • 昭和27年(1952) 107(根岸家返上)
  • 木村庄之助、式守伊之助が行司に専念

現在は 105   (一代年寄を除く)

横綱

横綱の腰に締める白麻製の綱(これは七五三縄です)は、神の依り代であることの証です。
横綱が本来、心技体を備えた、邪気を払ってくれる生き神様なのです。もしくは、神と同格の象徴です。

  • 七五三縄(しめなわ)とは
    注連縄とも書きます。神聖な場所を守るために神域と俗世を隔てる結界の役割をする縄です。
  • 神奈備(かむなび)とは
    神が鎮座する山や森を神奈備といいます。
  • 依り代(よりしろ)とは
    神霊が依り憑く(よりつく)対象物です。
  • 初代横綱
    明石志賀之助。1624年-1644年に活躍しました。
  • 実質的な初代横綱
    四代・谷風梶之助、五代・小野川喜三郎が実質的な初代です。(1789年)
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